バイクツーリングレポート「日本全国お札の旅」

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日ごろ自分達の身近にあるもの、それはお金。お金の中でもお札には色々な絵が描かれている。「日本全国お札の旅」ではお札に描かれている絵や人物と関連する場所に行く為にはいくらかかるのか、どれぐらい時間がかかるのかを検証していくバカ企画!!編集部のツーリング好き男女二人が社内の反対を押し切り、第一弾となる「千円札」にゆかりのある土地を調査してきたぞ!

日本全国お札の旅 第一回 夏目漱石編 ~愛媛県 道後温泉を訪ねる~

日本全国お札の旅 第一回 夏目漱石編 ~愛媛県 道後温泉を訪ねる~

ただの頑固者!?

道後温泉日帰りなんて…っと周りには止められたこの企画。どうして道後かと問われても千円札と言えば道後温泉なのだ。頑固者というレッテルを貼られながらも、四国行が決定してからは、言い切ったからにはきちんと自分の役目を果たさなければという妙な緊張感が走っていた。

出発は順調!

たこフェリー乗り場前にて午前6時。まだ一日が始まりかけているといった様子の早朝。昨晩ゆっくり熟睡したおかげで超ハイテンション! とにかく出発!明石までの道のりはスムーズで、そのまま淡路へと向かう。明石~淡路への橋渡しをしてくれる『たこフェリー』乗り場に到着。フェリー待ちの間、今から淡路島へ帰るのだという人が「淡路島は西側を走った方が景色がきれいだよ」と教えてくれた。こんな朝早くでも、フェリーに乗るバイクは全部で7台いる。乗船をスムーズに終え、船内をグルグル観察。一通り船内を見終わったら甲板で瀬戸内海を眺める。淡路島を教えてもらった通りに西側から廻る。日本の海も捨てたもんじゃないと景色を楽しみながら淡路島を縦断。ほとんど車の通らない山道の民家の前で小学生が二人して手をふってくれた。こちらも負けじと大きく手を振り返す。淡路島から鳴門海峡を抜け、四国に突入! ひたすら、走る走る走る…。途中、四国に来たならうどんを食べるべし!っと思ったが、うどん屋が多すぎて、どこもおいしそうに見える。結局大きな『讃岐うどん』の看板を掲げた一軒のお店へ。この時点でちょうどお昼時。道後温泉には4時位には着くだろうとまぁまぁいいペース。 このうどん屋が大正解!シンプルなざるうどんはあっさりしていて、驚く程麺が長くコシがあった。値段も370円と良心的。大盛りが出来たことを食べ終えた後に知った編集部員Nは「替え玉~」とラーメン屋みたいなことを何度も呟いていたが、私は満腹で、再び道後温泉を目指す。

着かない…

淡路島を走る妙に信号待ちの時間に交わす言葉数が多くなってきたのはきっと二人とも、 予想以上に遠い事に気付き始めたからだろう。標識のあと何キロという文字が目に痛い。コンビニで何回も休憩をとる。嬉しいやら、ちょっと炎天下すぎ?というこの晴天は、強い日射しとなって身を焦がす。その後のコンビニの目的は水分補給とおやつ、タバコ…。少しのんびりすぎるか?長い長い道のりに疲れというより変な面白さがこみ上げてきた。 だって、この時点でお昼で話していた道後到着予定時間の4時を過ぎていたから…。それでも目的地には確実に近付いてる。ようやく道後温泉のある『松山市』の看板を目にした時は、バイクに乗りながら二人で万歳をして喜んでしまった。あと数十キロで道後温泉だ。今までの長かった道のりの疲れはどこかに消えて、ワクワクする衝動で心がいっぱいだった。そして、ついに迎えた『道後温泉』の看板。もう陽も落ちそうだったが関係ない。念願の道後温泉に到着!

お風呂おあずけ

お風呂おあずけ道後温泉の入浴システムは普通の温泉とは違い、一風変わっている。一番安いのは300円からあり、ただ入浴するというシンプルなもの。他に、浴衣やタオルが付いたり、お茶が飲めるなど、4つのコースに分かれている。「どうせここまで来たのだから」と、一番値段がはる1240円の『霊の湯三階個室』に決定。このコースは白鷺模様の浴衣とタオル、又神殿の観覧とお茶、坊ちゃん団子がセットとなっている。しかし、なんと番台のおばちゃんから「今は満室」と言われ、約30分待つか、違うコースにするかという選択をせまられた。しかし、10時間以上かけてやってきた道後温泉。「せっかく来たから、違うコースはやだ!」と、しばし待つことにし、お風呂はおあずけ。お風呂のおあずけなんて修学旅行で順番にお風呂に入らなければいけないような時以来だ。もちろん日帰り予定なので時間はない。しかし、待つ。この馬鹿げたツーリングを実行している私達だから、トコトンその精神で行こうと意見が一致した。時計の短い針は6を指していた。

カラスの行水

カラスの行水名前を呼ばれ、いよいよ待ちに待った温泉。しかし、ここで重大なことに気付く。私はのぼせやすく長風呂はとても無理。過去に「温泉だ!」と浮かれて長風呂し、倒れたこともある。だから、いつもお風呂の時間は短めに、言ってみればカラスの行水なのだ。少々もったいない気もするが、人様に迷惑をかけるよりは…というのと「私はそれでも十分に満足出来る!」と自分自身で問題はすぐに解決。その話をしているとなんと編集部員Nもカラスの行水だという。もう、二人揃って…。 霊の湯へと足を運ぶと、先客がかなりいて、6つ位ある蛇口は全て使用中。しかし、少し待っていたらすぐ空いた。そして、私がお風呂に浸かろうっと思った時はなんと貸し切り状態になっていた。「道後温泉貸しきりっ!!なんて贅沢なことだろう。来て良かった!!」泳ぐ勢いで湯舟に浸かる。足を伸ばし、誰に気兼ねすることもなく、ゆっくりとした時間が流れる。上機嫌でお風呂を上がった私は、すれ違いで入ろうとするおばさんに思わず「今、貸しきりですよっ」と声をかけてしまった。ゆっくり入れたんだろうなぁ、あのおばさんも。

道後温泉本館にて

道後温泉本館にて上機嫌で部屋に戻った私を迎えてくれたのは、温かいお茶とお団子だった。お風呂上がりにお茶と坊ちゃん団子を用意してくれるこのコース。 仲居さんのような人が一部屋ごとに「お茶&団子」を運んでくれる。個室ならではの居心地の良さ。お茶をおかわりしてゆっくりくつろいだ後、窓越しに湯の町を眺める。どっぷりと陽も暮れた景色の中には浴衣で町を歩く人、人力車に乗る人、お土産を買う人など情緒あふれる空間があった。今から大阪へ帰ることなど忘れてしまいそう。「いや、明日も仕事がある、帰らなければ!」 っと自分を叱咤激励。現実に戻り、『又神殿』と『坊ちゃんの間』の見学ができるそうなので早速見て回ることに。
たまたま部屋の隣が『坊ちゃんの間』で、多くの写真が飾られていた。ここで千円札に描かれている夏目漱石との御対面。その後にガイド付きの『又神殿』を見学する。又神殿は皇族専用の部屋のこと。警護の人が控える武者隠しの間や金箔を使用した襖、建具類は全て極上の漆が使用されているといった優雅なもの。畳の真ん中に輪島塗の和式の便器が設置されている『トイレ』が印象的だった(笑)。
なんだかんだ言いながら道後温泉の滞在時間は2時間が経過。まぁ、時間が無いっと言っていた割にはゆっくりした。そんな中、編集部員Nは窓から見える『湯上がりビール』の文字に釘付け。確かにビールが飲めれば最高だろうなぁ。でもバイクだから我慢我慢!後ろ髪引かれているNを無理矢理バイクに乗せ、さぁ、帰るぞ!大阪に!

果てしない帰路…

大阪への帰路は恐ろしいことになった。高松に着いた頃には、時計の針も12時を回っていた。もう日帰りやないやん…と二人して嘆きながらも何故かお互いハイテンション。高松でラーメンを食べ、夜風で冷えた体を温めるが寒くて震えが止まらない。その後も一時間置きに休憩を入れるが、疲労を感じる間隔が段々短くなってくる。かれこれ20時間近くバイクにまたがっている。今日、『バイクに長いことまたがっていたライダー』ランキングがあれば二人して全国一位じゃないだろうか。ようやく四国を抜け、淡路島に入ったのが深夜1時30分頃。淡路島をすぐ縦断できると思っていたのが大きな間違いだった。この島は大きい。なかなか本州が見えない。なんとかたこフェリーの2時50分発明石行きに乗り、本州へ。結局、大阪についたのは明け方4時を回っていた。

ツーリングを終えて…

ツーリングを終えて…とにかく、下道で行く道後温泉までの道のりは長い。特に高松~松山間のR11は、車の交通量が多い上に道幅が狭いため、予想以上に時間がかかってしまった。 「全日本お札ツーリング」の第一弾となる今回。二人は途中、「やっぱり日帰りは無理なのでは…」と思いながらも口に出さずに走っていた。しかし、道後温泉には「来て良かった」と思わせるだけの情緒と魅力があった。日程を考えずに日帰りにしてしまったのが悔やまれるが、数ある関西の温泉の中でも有数の温泉郷なので、是非泊まりでツーリングに行ってみてはいかがだろうか? 時間としては、のんびり下道を走って約9時間。さすがに高松を越えてからの約150キロはファイヤーストームの乗車姿勢では辛いものがあったが、泊まりならそんな苦痛もなかったのだろうが…。一方、スティードの方は前半も後半も元気満々。帰りに少し眠くなった以外は平気そうな顔をしていた…ライダーの年の差か…。いや、姿勢の差やな。と自分に言い聞かせたい。

三千年の歴史を誇る日本最古の温泉『道後温泉』

道後温泉その昔、足に傷を負った一羽の白鷺が、岩の間から湧き出 ている温泉を見つけ、傷を癒したという「白鷺の伝説」が残る名湯道後温泉には、多くの偉人・文人黒客が来湯している。その中にはこの湯に浸かって病気を直したと言われる少彦名命をはじめ、天皇や皇族、聖徳太子、小林一茶、与謝野晶子ほか、伊藤博文や板垣退助といった大物政治家もいる。
道後温泉本館は、現在もなお多くの観光客で賑わう湯の町・道後のシンボル。明治27年に建てられた木造三層楼は、当時でも大変珍しい建築様式で、平成6年に国の重要文化財に指定された。貴重な建物のどっしりとした佇まいからは、伝統の風格が今もうかがえる。
一日約三千人が入浴する本館には昔なじみの地元客も多く、一番風呂を目当てに訪れる人も少なくない。毎朝6時の開館と同時に先を競って常連客が駆け込む様子は道後の朝の名物となっているほど。そんな一番風呂の合図が、環境庁の「残したい日本の音風景百選」に指定されている刻太鼓。三層楼の本館屋上にある赤いギアマン張りの振鷺閣からは一日に三回「ドーンドーン」と迫力のある音が町中にこだまする。

夏目漱石と道後温泉

夏目漱石1867年、江戸に生まれた夏目漱石は、現在の東京大学にあたる帝国大学文科大学に入学。学友であった正岡子規と友好を深めた。 1895年に正岡子規の郷里である松山の松山中学校に赴任。当時の様子を描いた小説「坊っちゃん」は、江戸っ子の坊っちゃんが巻き起こす事件の中に、当時の社会に対する反俗精神が現れている作品だ。 松山では病気静養のために帰省していた正岡子規と漱石は同居生活をしており、正岡子規の弟子である高浜虚子と3人でよく道後温泉に出かけていたという。「道後温泉はよほど立派なる建物にて、八銭出すと3階に上がり、茶を飲み、菓子を食い、湯に入れば頭まで石鹸で洗ってくれるような始末、随分結構に御座候」と手紙を出していたり、小説の中にも「おれはここへ来てから、毎日住田の温泉へ行く事に極めている。ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉だけは立派なものだ。」と道後温泉に対する漱石の評価は高い。 3階にある「坊っちゃんの間」は、漱石の娘婿にあたる松岡譲氏が漱石をしのんで命名したもの。当時の漱石や坊っちゃんの題材になった松山中学校の教員達の写真が今でも飾られている。